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最高裁判所第三小法廷 昭和35年(あ)2800号 判決 1963年11月12日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人井出正敏の上告趣意一ないし三について。

所論は違憲をいうが実質は単なる法令違反、事実誤認の主張で刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(所論の点に関する原判示の趣旨は次のとおりと解される。すなわち、判示アパート寿荘のなかの被告人と内妻長岡敬子との居室は判示亀田彦治方家族の居室と隣り合せになっており、被告人らの居室の判示押入は、亀田彦治ら居室の判示押入の上部に重なるように存し、被告人方の右押入の床板(仕切板)は、そのまま亀田方の右押入の天井になっていて、双方の押入の襖はそれぞれ自室側からのみ開閉できるようになっていた。そしてこの被告人方押入の床板、すなわち亀田方押入の天井板には二つの節穴が開いており、本件出火直前の昭和三四年三月の初旬から二一日午前五時頃までの間には、被告人居室側より人がこの節穴から下方をのぞけば、亀田方押入にある紙類、衣類、蓋の開いた行李などの可燃物があるのを見られる状態になっていた。被告人はかねて秘かに買っておいた瓶に入れたガソリンを、判示の日時にこの節穴から下方の前記亀田方押入内の紙類、衣類、行李などの上に流し込んだ後、火を節穴から落して右亀田方押入内のガソリンに濡れ滲みている紙類、衣類に点火してこれを燃え上らせ、右行李及び在中の衣類を焼いた、という趣旨であると解される。してみれば右節穴から落された火は、燐寸に点火されたものであったか、ガソリンに濡れ滲みたボロ切れ、ガーゼ、紙又は蝋燭等に点火されたものであったか或いはその他の火であったかというような更に詳細な事情は明らかでなくても、被告人が判示住居に火を放ったという原判決の放火未遂罪の事実認定並びに罪となるべき事実の判示としては何ら欠けるところはないといわねばならない。原判決が「火の点いたマッチを落して点火したものかどうか、通常推測される方法であるとは言え、証拠上ただちにこれを断定するわけにはゆかないにしても、何らかの方法によって点火の措置をとったものと認めても経験則に反するものでない」といったのは措辞妥当でない点があるけれども、その結論は相当である。原判決には所論の違法なく、違憲の主張も前提を欠く。)

同四について。

一つの判決において、認定にかかる被告人の窃盗と現住建造物放火未遂とが刑法四五条前段の併合罪の関係に立ち、そのそれぞれにつき被告人を有期懲役に処すべきものとする場合には、同法四七条を適用し、よって定まった刑期範囲内において、被告人に対し一個の有期懲役を言渡すべきものであって、その各罪につきそれぞれの刑法各本条所定の刑期範囲内で各別の懲役刑を言渡すが如きは許されないところである。本件において、被告人に対し第一審は窃盗につき懲役一〇月、放火未遂につき無罪を言渡したところ、被告人は第一審判決中有罪言渡部分についてのみ控訴し、検察官は第一審判決(無罪及び有罪の言渡)全部に対して控訴を申立てる旨の控訴申立書を提出した(これによって右放火未遂と窃盗との両事実につき事件は原審に係属した)が、原判決は、窃盗については事実誤認等なしとして控訴を棄却し、放火未遂についてはその事実を認定して第一審判決の無罪言渡部分を破棄しこれにつき懲役三年を言渡した。しかしながら、原判決の認めたところによれば、原判示の窃盗と放火未遂とは刑法四五条前段の併合罪の関係に立つものであり、かつ、原審は、そのそれぞれにつき有期懲役に処すべきものとするのであるから、原審としては、第一審判決中無罪部分を破棄して被告人の放火未遂罪につき懲役三年を言渡す一方、窃盗有罪の部分についての控訴を棄却するが如きことはなすべきでなく、すべからく第一審判決全部を破棄した上、原審の認めた放火未遂と窃盗との両罪につき刑法四五条、四七条を適用して、併合罪の加重をした刑期範囲内で被告人を一個の有期懲役刑に処すべきであった。しかるに原判決はこれをしなかったのであるから、結局論旨引用の判例(東京高等裁判所昭和二八年(う)第一八八一号同年一二月二二日言渡第四刑事部判決、高等裁判所刑事判決集六巻一三号一八九七頁)の趣旨に反し、刑法四七条に違反するものというほかなく、この違法は判決に影響を及ぼすこというまでもない。それゆえ論旨は理由があり、この点において原判決は破棄、差戻を免れない。

よって刑訴四〇五条三号、四一三条により原判決を破棄し、本件を原裁判所である東京高等裁判所に差戻すべきものとし、裁判官垂水克己の補足意見あるほか裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。

1 刑法四五条、四七条の立法趣旨は、裁判所が窃盗罪と現住建造物放火(既遂)罪とにつきいずれも有期懲役に処すべきものと認めたときは、その各罪につき最高限の刑を併せて言渡すべきでないのは勿論、例えば、窃盗につきその法定刑の最下限ないし最高限(一月ないし一〇年)に処し、且つ、放火についても最下限ないし最高限(五年ないし一五年)の懲役に処したり、または、三〇回の窃盗につきそれぞれ最下限の懲役一月ずつ合計三〇月に処したり、或いは、そのうち、一回の窃盗につき懲役一月に処し、他の二九回のそれにつき執行猶予を言い渡す如き等々のことを、特別の犯罪は別として、不都合不合理であって、有機的でないものとして禁止しようとするにある。かような刑法四七条の規定が設けられている以上、前示の設例ほど甚しく不合理でない場合でも、一律に、各罪につき有期懲役に処すべきときは刑法四七条による加重(五割増)をした範囲内で一個の有期懲役を言渡さないことは違法であるとするのである。

2 本件について、原審が放火未遂罪につき有期懲役に処すべきものと認めたことは事実審である原審の専権に属する事項であるから、当審ではこの事実を前提として判断する訳であるが、この場合、原判決が、放火未遂による有期懲役と窃盗による有期懲役とについて刑法四七条を適用して一個の有期懲役を言渡す方法をとらなかった点は刑法四七条不適用の違法あるものであって、この点で原判決が破棄を免かれないのは当然である。しからば、本件窃盗と放火未遂について刑法四七条を適用した範囲内で、いかほどの刑期の一個の有期懲役刑に処すべきかの問題は、書面審理審である上告審としては、一般の場合のように第二審ですでに是認又は言渡された刑の量定が「甚しく不当であって第二審判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める」(刑訴四一一条二号)ことに比べて頗るむつかしいことであるから、当然本件を原審に差戻すほかない。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 河村又介 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊)

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